三沢光晴が試合中に・・
2009.06.14 Sunday 23:25
アレーズエスパス
image[misawa.jpg]
プロレス界のカリスマ三沢光晴選手が亡くなった・・・
ノアの広島大会のタッグマッチに出場したが、約30分後、相手選手が背後から
抱え上げて後ろに倒れ込む技「バックドロップ」をかけられ、頭を強打。
意識を失い、試合はレフェリーストップとなった(T_T)
三沢さんは2代目タイガーマスクとして注目を集め、素顔になってからは
故ジャンボ鶴田さんの後を継いで全日本のエースとして活躍した。
ジャイアント馬場さんが亡くなった1年半後の00年に
全日本を退団し、新団体のノアを旗揚げ。
社長兼現役レスラーとして団体の枠を超えて人望が厚く、
プロレスラーとしての風格は別格の存在だった。
強くて、優しく、ぶれない男の象徴だった。
ノアのGHCヘビー級王座を3回、全日本の3冠ヘビー級王座を
5回獲得するなど国内外の数々のタイトルを手中に収めた猛者。
日本プロレス界の顔としての道をばく進した三沢選手。
全日本では川田利明、小橋建太、田上明らと「四天王」と呼ばれた。
得意技のエルボーや、相手を垂直に落とすような投げ技など、
容赦ない技の応酬でファンの度肝を抜いた。
派手なマイクパフォーマンスを嫌い、リング上での戦いで
すべてを表現してきた。
筋を通さない相手は「絶対にノアのマットには上げない」という、
かたくななまでの姿勢も際立っていた。
普段の口数は多くないが、1度心を開いた相手には冗舌に語る面もあった。
突然、逝った、日本が誇る希代の名レスラー。
若い時代からのケガの蓄積、社長の重責と、心労も重なり、
心身ともボロボロになっていたのかもしれない。。。
あまりにも突然の衝撃だけが強く残った。
「プロレスが一番面白い」という一念にささげた人生!
リングで最期を迎えたのは三沢選手にとって本望だったに違いない!?
-
trackbacks (0)
<< 昭和50年代男
モデル撮影 >>
[0] [top]